Jan
28
北海道では、海難事故があった時、浜で火を焚く習慣があります。それは被害者がもう駄目だと判っても、それでも火を絶やさず焚き続けます。それは多分、最初は被害者に、村の在りかを知らせる為、そしてそのうち死せる霊たちに帰るべき古里の浜を教える為の悲しい習慣なのだろうと思はれます。そうした悲痛な、壮大な焚火を、過去に何度か見たことがあります。
東日本大災害で津波にのまれ、海に連れ去られた幾多の人たち。古里への帰着を希んでいるその霊たちへの道しるべにすべく、僕らはその忌日である3月11日、津波に襲はれた東北の海辺に、せめて小さなろうそくの灯をともし、霊たちの帰るべき古里の位置を知らせてあげようと考えています。
それが彼らに見えるかどうかは判りません。しかし彼らがその灯を見つけ、僕らがあなたたちの古里への帰還を今日も明日も待っていることをせめてもの心の慰めにして戴きたいからです。
去年3月11日。
僕らの塾生の一人の女優が、いわき市平豊間の自宅で御両親と祖母を津波で失いました。僕らは流されたその場所に三千本のローソクを灯し、彼女の御両親とおばあさんの霊を弔おうと思っています。
僕の縁の深い南相馬でも同様の催しが出来ればと思っています。
更に全国各地でも、その夜ローソクに灯をともし同じ気持で犠牲者を弔います。
被災地、特に福島は、恍々と輝く現代日本の文明の光を、支える為の犠牲となりました。その犠牲者に詫びる為のせめてもの小さな手段として、この夜我々は電気を消し、ささやかなローソクの光の中で、今ある日本の豊饒の意味をもういちど静かに考え直す時間にしたいと思うのです。 全国に、この小さな想いが拡がることを期待します。
倉本 聰